2010年06月09日

10年6月コラム

「我が家の食育(!?)」    文・あまのっち

 「子どもって、ほんと野菜食べてくれないですよね」と、
つるの剛士が食品のテレビCMで言っていた。
一旦は聞き流したが、その言葉に違和感が残り「なんでやろ」と、
しばし考えた。
 そうか、そうか、わかったぞ。「食べてくれない」の「くれない」の部分だ。
「野菜食べませんよね」で良いはずなのに、わざわざ「食べてくれない」と
言っているのはなぜか? 
この言葉には、明らかに食べて「もらう」親と、食べて「あげる」子との関係がある。
「食べてもらう」という言葉は、子どもへの丁寧な対応を感じさせるかも
しれないけど、実は子どもにおもねった生活をしているからこそ口をついて
出て来るもの…と言えば辛口過ぎるか。

 我が家の四人の娘たちがまだ小さい頃の、自分自身を思い出してみた。
たまに子どもの食べたいものを聞く事はあっても、たいていの場合は却下。
子どもたちも最初からあきらめ半分で「ハンバーグ」とか「海老フライ」とか、
日頃食べてみたいと思っているものをとりあえず言ってみるという感じ。
子ども向きなんてことは一切考えないで、普通に大人がおいしいと思う料理を
食べさせることに専念した。かつおぶしを削ることから始まる、まっとうな料理を。
 キャラクターつきの子ども食器は絶対買わない。心をこめた料理を
盛るにはプラスチックやメラニンの食器はあまりにも侘びしいから。
感性は日々培われるものだから、子どもにはなおさらいい食器を使いたかった。
 さらに「全食」という思想にも凝っていて、野菜は皮まで、小魚は
頭も骨もしっぽも全部食べるのを原則にしていた。
次女など3歳の頃、サンマの塩焼きを食べるのに、あたかも目刺しでも
食べるかの如く、ぐいとわしづかみにして頭からかじりついたことがある。
まさに「野生」。

 振り返ってみると、子どもにおもねっていないのは確かやけど、
私って嫌な親やったんやなあ。

 ただ子どもたちには厳しいだけじゃなく、楽しいことも経験させた。
おいしい玉子を食べるために鶏を飼ったし(そこまでやるか)、味噌や
梅干し、漬け物、干物や薫製のたぐいも手作りしたし、パンは毎日焼いたし、
庭で野菜やハーブも育てた。めんどくさいけど、その成果は「おいしい」、
すなわち「楽しい」ということを一緒に経験してほしかったから。

 それだけ食への思い込み激しく育てた子どもが、どんだけ立派な大人に
なっているのか、誰もが興味を持つと思う。
ところがですよ、四人の娘のうち、ちゃんと食に向き合っているのは
料理を仕事にしている一人だけ。そいつだって、自分自身の食生活と
なるとかなり怪しいもん。
他の娘たちに至っては、忙しすぎて食事するのを忘れたり、
マクドのバーガーが大好物だったり、100円ショップのマンガつきの食器を
好んで買ってたり、昔の反動か…と思うような惨状なのだ。

 それでも離れて暮らす娘から「昔よく作ってくれ た、あの大根の
菜っ葉と豆腐のやつ。あれ食べたいから作り方教えて」 なんてメールが来ると、
「記憶の奥に、あの味が残ってるなら、まんざら育て方を間違った
わけでもないかもな」と、少し安心する私なのである。

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2010年05月04日

3月〜5月コラム

すみませんためこんでおりました!一気にお送りします〜

『わたしのホッとステーション』 文・ちか
『食べる 生きる つながる』 文・武田 緑
『カフェ・デビュー 再び!』 文・まりぞー


・・・つづきを読む
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2010年03月03日

09年2月コラム

『ホクホク、ヌクヌク -食の記憶-』 文/ミラクル吉野

原稿のお誘いを受けてしまった。
そうでなくても仕事にまつわるエトセトラで、キューっとなっているのに(><)
つい、文章を書くという魔力にひっかかってしまった。
締め切りという条件と、自分の記憶が奥底からシャッフルされる事とで、
予期せぬ掘り出しものを見つけて、元気になれる。
そんなスリルとサスペンスの旅へ、読んでくださる方もいつか、是非ご体験あれ。

さて、私の場合、「食」でふつふつと浮かんだことは、ズバリ「記憶」。

最近、はまっているファンタジー小説のワンシーン。
自分の運命の重たさに嫌気がさした少年が、夢で思い浮かべたのは、
以前体験した、つつましやかであたたかい食卓。
その食卓は束の間、追っ手から少年の身を守るために雇われた用心棒女と、
その友人と3人で過ごした、仮の家族での貧しいけれど温かいもの。

また映画「誰も知らない」のワンシーン。
ティーンエイジの兄弟姉妹4人だけの生活で、コンビニにもらい受けたカップの天ぷらそば。
それを食べた残り汁にご飯を入れてホクホクと食べる4人の束の間の幸せなシーン。

はたと、自分のあたたかい食の記憶は?と、振り返ってみると…
もちろん「人は、どんどん忘れるから生きられる」と、世の賢人がうまく言ったもので、
私もたくさんの記憶は忘却の彼方。
けれど、毎日のことで当り前だろうと、小さな出来事であろうと―、
確かに小さい頃、父が固くなった目玉焼きをほぐしてご飯とまぜて
さしだしてくれたこと。
鍋からおじゃこをとりわけてくれた大きな手。
わいわい言いながら同じ釜の飯を食べた調理室。
子どもから「(コンビニのおにぎりの)袋あけてや」とやりとりして食べたこと。

たくさんのあたたかい記憶が確かに自分には在る、
といったん感謝して、それを灯しながら日々を過ごしたい。

もちろん新しい記憶も作りながら—。

さて、今日の夕飯、何にしよう—。
いろいろ思い出して迷うけど、鍋しておじやのフルコースかな。

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2010年01月21日

10年1月コラム

「石窯についてのお話」 文・中嶋嘉伸(石窯おとう)

まいどうー
芝樂広場にある妖怪屋敷?石窯について話しまっさ。

オレが子どもの時の遊びの中の一つで火遊びがあったわ。
今63歳やから1956年16歳前後ぐらいの頃やな、村の北と南側にゴミ捨場があって
南側(今の菊池外科のところ)がオレの遊び場の一つや
そこで下に石を敷き、まわりを石で囲み火を燃やして芋を焼いて食い、
熱くなっている石の上に川や池で取ってきた魚などを焼いて食うことを
仲間でよくやった。
その頃は火をつかっても今みたいに注意されなんだの思うわ。

2006年に九州方面に自転車旅行した時、九州の吉野ケ里遺跡という看板
を見つけ見に行ったら、その中で「かまど跡こちら」という案内を見て、
なんでかワクワクしながら見に行ったらそこには石を敷きつめた「かまど」があった。
じきに村のゴミ捨て場「かまど」を思い出した。まったく同じやった。
当時オレは陶芸はやっていて作品を焼く窯は作っていた。

旅から戻ってきて食いものが焼ける窯を作りたくなった。

石窯パンのブームもあってパンを焼きたかった。
地域のメンバーにゆうて承知してもらい、何人かで石窯見学ツアーをした。
京都と奈良ですわ。実物の窯を見て、自分でなんとか作れると思うたわ。
中学生の時かまど作りの手伝いをしたことも考えて、その後準備にとりかかった。
一緒に作ってくれる人集めから窯の青写真は頭の中にできあがっていたなー。
石で作りたかったけれど石がないのと熱に強い石、弱い石が分からんから
耐火煉瓦で作り、煉瓦を囲むのは土にしたかったけど熱が加わると
ひび割れがするので土にセメントをまぜて使った。
思ったよりセメント、セメントになってもうたけど、ドンマイ、ドンマイ
屋根は北芝のたいまつで使うムギワラがあるので火つながりということで
茅葺風にした。5,6人で2日かかって竣工式や
温度計がついていないので頼りはすすが溶けたら300度という陶芸から
学んだことだけ。窯が十分に乾いてからいよいよ試運転。
火を燃やしてから30分ぐらいで300度?になった

最初のエモノは市場で買った冷凍のナン(へべたいパン)。
5,6分で上手に焼けた。みんなで窯を作ったこともあってうまかったでー

さてここで問題がひとつ、窯の使いかたである。
前に石窯見学に京都に行った時の使い方、参加者が自分で作った料理を
焼いて食べるというワークショップ方式にすることにきまり運営をはじめた。
月1回管理はコミュニティーレストランの「ニコ」がする。
毎回いろんな処からいろんな人たちが参加してくれて確実に人の輪が
広がっていくのが体感できる取り組みになってるわー

バンザイ、バンザイやー。
おわり。

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タグ:石窯
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2010年01月12日

09年12月コラム

リアルキッズカフェ!? 文/内山 三重子

お宝屋で大好評だったキッズカフェ。
メニューから接客に至るまで妥協は許さず、リアリティを追求するものだったらしい。
“本物”に触れる良さは、今大流行のキッザニアを見ればよく分かる。
“本物”だからこそ、子ども達は飽きずに何度も通うのだろう。

私の実家は食堂を経営していて、子どもの頃は“渡る世間は鬼ばかり”の
“えなりくん”のような生活だった。
毎日がリアルなキッズカフェの様で、学校が休みの日は、朝から店内の掃除をして、
その後は料理の仕込み。お昼になると接客や・厨房で洗い物など…。
うどんの出前にも行った。

数ある仕事の中で、一番大変だったのが、父親の横でだし巻き卵を焼くことだった。
まず卵を30個ほど割り、そこにうどん用のだしを入れて薄める。
卵焼き器を2台ならべて焼いていくのだが、うまく焼けないと父親の厳しい目が光る。
(だしの配合や、火加減、油の量の調節がとても難しい)
お客さんに1皿250円で食べてもらうのだから、子どもだからと言って
いい加減なものは出せないというのはあたりまえの話だが、自分が焼けば早いものを、
あえて子どもにやらせるというのは気の遠くなる作業だっただろう。
人手不足で働き手が必要だったとしても、子どもを一人前に成長させるには根気がいる。
そう考えると、短気ですぐに怒る頑固な父親は、実は子育てにおいては気が長かったのだ。

子どもの頃の経験は、大人になってからの考え方・生き方にとても影響する。
その時は嫌だったとしても、後になって役に立つことがきっとある。

キッズカフェの子ども達も、この素敵な経験が、
自分の人生に影響を与えていたことを、大人になった時に感じるのだろう。

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2009年11月05日

09年11月コラム

『フラッシュバック・ローカルフード』 文/中村雄介べー

昨年大学四年目を休学して旅に出た。
生活のための物を全てリュック一つに詰めて各国の安宿を巡る貧乏
バックパッカ―スタイルの旅。
きっかけは昔から抱いていた“一人旅”というものへの憧れと、あと自分の知らない、
感じたことのない世界を見てみたかったのと、あとは自分の日常への懐疑(?)
…若さゆえの好奇心なのかもしれないが、自分の中で当り前な感覚が正しいのかどうか、
それを自分の目で確かめてみたかったから

そんなこんなで去年の誕生日に日本を飛び出し、アジア→中東→ヨーロッパ→
南米→北米と24の国を訪れ、西向きに世界を一周した。

学生の貧乏旅行、服はバックパックに入ってあるものの中で、まだ臭いのしないものを
順繰りに着るしかなかったし、宿も各国でほぼ最低価格のゲストハウスや
ホステルで見知らぬ外国人達と隣同士で寝る、ドミトリータイプばかりだった。  

ただ、一つだけ出発の前から自分の中で決めていたのは、ご飯と飲み物(≒ビール)
だけはケチらずに、ご当地ものを満喫すること!
もちろん毎食各国のおいしいご飯を食べることはできなかったが、財布が
許す限り各国のおいしいローカルフードを求めて見知らぬ街をさ迷った。

タイの屋台で食べた味の素たっぷり炒飯、カンボジアでちびっこに食べさせられた
焼き蛇、インドの旅行会社で見知らぬおじさんが分けてくれたヨーグルトカレー
(もちろん手で食す)、ヒマラヤトレッキング中に飲んだネパールワイン、
ヨルダンやイスラエルで毎日食べたファラフェル(コロッケが挟まったサンド)、
エジプトのジェラート(意外とおいしいので旅人の中ではかなり有名)、
アザーンを聞きながら食べたイスタンブール名物の鯖サンド、世界で一番
おいしいと評判だったチェコのビール(評判通りサイコー)、物価の高い
ヨーロッパで大活躍したケバブサンド(たいがいフランスパンなので毎日
食べ過ぎて口の中は傷だらけ…)、アムステルダム名物のチョコマフィン(ノーコメント)、
イースター島で食べた焼きマグロ、海鮮大国チリで食べたウニ、
あとは外食しないときに同じ宿の旅仲間たちとパスタを作って分けあった
通称シェアめしなどなど…

思い出しただけでもよだれと笑みが出てしまうぐらいおいしくて楽しい
ご飯を食べたし、それとおなじだけ素敵な出会いがそこにはあった。

………

帰国して半年が過ぎた。アルバイトばかりの忙しい学生生活に戻りつつあるが、
今でも、炒飯を見ただけでタイの屋台のおばちゃんが、蛇を見ただけで
焼き蛇を持って満面の笑みとふるチンで追いかけてくるカンボジアの少年が、
カレーの匂いを嗅いだだけで不気味に笑いながらカレーを勧めてくれた
怪しげなインドのおじさんが、僕の頭にふとよぎる。

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2009年10月22日

09年10月コラム

ケンタロウの楽しい食事情  文/本澤三智子

健太郎は今年18歳、ダウン症の高校3年生。
ここ北芝ではなかなの有名人、いわゆるスター…?である。
 
彼が通う箕面支援学校は給食があり、毎月の献立表が配られる。
健ちゃんはそれをみんな暗記してしまうのである。彼にとって、給食のメニューは
何より大事で関心度は高いのです。○○曜日はトンカツ、とかカレーライス…とか、
インプットしておく必要があるのだ。

配布当日、チェックが始まり聞けばすぐに答えてくれる。
私は彼のこの行動、“食”に対する執着とこだわりこそが彼を成長させたのだと
思っている。くもんで養ったよみかきの国語力でメニューをたたき込む。
好きなものばかり出る訳でもなく、健太郎の天敵である果物もあり、
その日1日は健ちゃんにとって苦痛の日となるのである。
が、しかし、給食タイムに若い女性の先生が自分の隣に座ろうものなら、
嫌いな果物もエエかっこして食べてしまうのである。
そう、彼は食を通して色気もマスターしたみたい。
 
ダウン症の子はごはんが好きな子が多いと言われ、彼も同様、かなりのお米好き。
お茶碗3杯は軽く、焼き飯をおかずに白ごはんなんかも全然OK!
彼のごはん好きは多くの人に知られている。
 
朝ごはんを食べずに学校へ行く子どもが多いと言われているが、
彼には無縁の話で、がっつり食べ、今日の給食は何やったかな、と考えたり、
そして明日の給食は何やったかな…と、毎日ハッピーなのである。
 
私は彼の誕生を素直に喜べなかったことを、未だに悔んでいる。
育児に打ち込めず、健ちゃんが泣いていても抱っこもしてやれず、彼にとって
私は決していい母親ではなかったはず…。
自分が大事、自分が一番、私は…私が…の人間だったのです。
 
でも今は、健ちゃんを愛しく思う。今現在、子育てを楽しんでいるのかもしれない。
 
この地域で、たくさんの人に囲まれ、健ちゃんは毎日笑顔。
毎月の芝樂市で食べる、“たまごかけごはん”が大好きな健ちゃんです。
 
そんな健ちゃんをはじめ、ハンディを持つ中高生が、10月25日、
NICOのスペースを借りて“カフェ・デビュー”というお店を1日だけ
オープンすることになりました。

みなさん、応援よろしくお願いします。

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2009年09月29日

09年9月コラム

「みりんへのこだわり」 文/新井智愛

「本みりん ¥398」「みりん風調味料 ¥198」
この違いを知ったのは2008年の5月。私の家にあったのも「みりん風調味料」。
だって同じ「みりん」なら安いにこしたことはないから。
ところがどっこい、私が買っていたのは本物のみりんとは違う製造法で作られた
「みりん代替え品」だったと知った!これにはおったまげ!
ほな、一体どないちゃうねん、っと気になって調べてみたら…

まず「(純米)みりん」の原材料名・・・
@焼酎Aもち米B米こうじ

次に 「みりん風調味料」・・・
@糖類(水あめ、ブドウ糖果糖液糖)A調味料(アミノ酸等)B酸味料(乳酸等)
Cカルメラ色素 (※メーカーによって若干の違いあり) 

そうなんです!驚き桃の木山椒の木でしょ! 
「みりん風調味料」には、「純米みりん」で使う材料の何1つ入ってないんです!
要するにみりん風調味料は、ただのシロップを添加物でみりん風に仕上げただけの
「添加物たっぷり色つきシロップ」で、味も調理効果も本物のみりんとは比較にならないのです。

良いことは何でもお知らせしたい私は、早速みんなに言うと…
「知ってるでー。知らんかったん?」とひと言…。


 添加物たっぷり♪ということを知ってから、「みりん風調味料」より割高だけれど
「お酒を1杯我慢したらすむこっちゃっ♪」と、「純米みりん」を購入している。
「添加物あかん!」と言っているわりにはお酒を飲む…
なんだか矛盾している気がするなー。

でも元気ならまあいいか♪

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posted by お宝屋 at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | おにぎりコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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